昨年は三島由紀夫の生誕100年でした。
私の父と同じ大正14年生まれだから、父も生きていれば生誕100歳でした。

「鹿鳴館」
執筆当時、三島由紀夫は「文学座」に籍を置いていた。
だから看板女優の杉村春子を念頭に置いて書かれたが、「喜びの琴事件」で文学座と絶縁となって以降は「劇団新派」の代表作となり、初代・水谷八重子の当たり役となった。
初演
文学座創立20周年記念公演
昭和31年(1956)11月27日〜12月9日 東京・第一生命ホール
12月12日〜17日 大阪・毎日会館、12月18日 神戸国際会館、
12月20日〜21日 京都・弥栄会館
演出:松浦竹夫 音楽:石桁真礼生 舞台監督;荒川哲生
出演:中村伸郎、杉村春子、長岡輝子、丹阿弥谷津子、北村和夫、仲谷昇、宮口精二、賀原夏子、三津田健 他
新派公演 昭和37年度芸術祭参加
昭和37年(1962年)11月2日 〜26日 東京・新橋演舞場、
12月1日 – 25日 大阪・新歌舞伎座
演出:戌井市郎 音楽:石桁真礼生
出演:水谷八重子、森雅之、京塚昌子、波乃久里子、伊志井寛 他
松竹三島由紀夫作品連続公演 I
昭和47年(1972)12月3日 -〜27日 東京・日生劇場
演出:松浦竹夫 音楽:石桁真礼生
出演:水谷八重子、山形勲、山岡久乃、波乃久里子、尾上辰之助、池部良 他
歌舞伎役者が自分の衣装を自己管理するように、新派の役者も衣装を自己管理されてるようです。
だから「これぞ」という見事な衣装を保管されています。
ヒロインの影山伯爵夫人・朝子は輝くような美しさと人当たりの良さで華族夫人たちの中心的存在。
芸者時代、自由民権運動家・清原永之輔との間にできた息子・久雄が何か危険な行動へ出ようとしているらしいことを知る。
我が子が実の父の命を狙うという悲劇を阻止するため、あれだけ拒んでいた鹿鳴館の舞踏会に出ようと決意する。
この「お裾ひきづり」の着物姿が堂に入っていて、朝子は実は水谷八重子のために書かれたかと思うほど。
明治期にあっては、首相を含む政治家・貴顕たちは、芸者を正妻とすることも一般的に行われていて、これは隠すべきことでも恥ずべきことでもなかった。
鹿鳴館の舞踏会での洋装への転換が素晴らしすぎます。

高貴な紫色のベルベット地に金蘭のトレーン。確かルリ落合の製作だったかと。
敢えて日本における西洋ドレスの幕開けの時代だったから和風にしたのかと思いきや、19世紀後半のパリ・オートクチュールの素材を一手に生産していたリヨンの絹織物業者は、新たなデザイン・ソースとして当時流行のジャポニスムに視線を向けていたので、ルリ落合さんはその事実をよく勉強されてのデザインだったんだとあらためて感服した。
これは武家夫人の正装・腰巻き姿を連想させる。



扇を持つ手も爪を隠していて、宮中なみの品の良さ。
修辞に富んだ絢爛豪華で詩的な文体、古典劇を基調にした人工性・構築性にあふれる唯美的な作風が特徴である上に、会話の端々にまで、古い上流階級の言葉の再現は今後、書ける作家が出てこないのでは無いかとさえ思える。
貝の口を開けたような煌びやかな螺鈿の内装の日生劇場で繰り広げられる我々のイメージの中の現実よりずつと美しい舞踏会、ノスタルジヤに彩られて、日本近代史上まれに見る花やかなロマンチックな時代を描いた芝居は和服から洋装へ、きっぷのいい芸者言葉と上流貴族の言葉使い、これは小芝居の技術より大きな佇まいを持ち得た役者しか体現できない芝居だと思います。
鹿鳴館


