公式ショップ 公式ライン

あれは真珠?〜伊勢物語

当主のひとりごと (BLOG) 2025.06.19

むかし をとこありけり 

女のえうまじかりけるを年を経てよばひわたりけるをからうじて盗み出でゝ いと暗きに来けり 

芥川といふ河をゐていきければ草の上にをきたりける露をかれはなにぞとなむをとこに問ひける 

ゆくさき多く夜もふけにければ 鬼ある所とも知らで神さへいといみじう鳴り 雨もいたう降りければ あばらなる蔵に女をば奥におし入れて をとこ 弓やなぐひを負ひて戸口にをり 

 

はや夜も明けなむと思ツゝゐたりけるに 鬼はや一口に食ひけり 

あなやといひけれど神なるさはぎにえ聞かざりけり やうやう夜も明けゆくに見ればゐてこし女もなし 

足ずりをして泣けどもかひなし

白玉か なにぞと人の 問ひし時

つゆとこたへて 消えなましものを

 

訳)
昔、ある男がいたそうだ。
なかなか自分のものにならない女を長年求愛し続けていたが、かろうじて盗み出して、たいそう暗い夜に連れ出して来た。

芥川という川の畔を連れて行くと草に露が光っているのを見て、あれはなに、と女は男に聞いた。
行く先は遠く夜も更けていたので、鬼がいる所とも知らず、雷もすごく烈しく鳴り、雨もさかんに降っているので、がらんとした蔵の中に女を押し入れて、男は弓を持ち胡籙(やなぐい)(矢を入れる武具)を背負って蔵の戸口にいた。
早く夜が明けけてほしいものだと思いつついたところ、鬼が女を一口に食ってしまった。
女はあれえ、と叫んだが、雷の音のために男には聞こえなかったのであった。
ようやく夜が明けてきたので、蔵の中を見ると、女がいない。
男は地団駄を踏み泣き騒いだが、甲斐のないことであった。
  あれは真珠かなにかとあの人から聞かれた時に、
露だと答えて、その露のように消えてしまえばよかった。

 

 

 

 

 

『伊勢物語』は平安時代初期に実在した在原業平(ありわらのなりひら)を思わせる男を主人公とした和歌を軸とした日本最古の歌物語集で、主人公の恋愛を中心とする一代記的物語。

主人公の名は明記されず、多くが「むかし、男」の冒頭句を持つことでも有名。

また、『伊勢物語』は、『源氏物語』に絵巻の形で登場しており、早い段階から絵画化されていたことがうかがわれる。

俵屋宗達 画

『伊勢物語』は、とりわけ宗達が好んだ画題と言われています。『源氏絵』は土佐派という定評があり、宗達はあえて異なる『伊勢絵』に活路を見出したのではないでしょうか。
「伊勢物語色紙」は金泥や濃彩の顔料を贅沢に使った絵と書で構成されます。
メリハリが効いた大胆な構図は、さすが宗達です。物語の舞台となる山河が、緑青や群青など顔料の混ざり具合だけで表されていて、これによって、精緻に描かれた人物や書が引き立っています。物語や和歌が織りなす世界に、おのずとひきこまれるわけです。また、時に雲や地を表し、すべての色紙の基調となっているのが、たくみな金泥使い。金色に輝いて、夢のように雅やかな王朝物語へ誘います。

小林古径 画

古典を強く意識する中、やがて古典を知的に解釈し、厳格な構図と研ぎ澄まされた線、緊張感みなぎる画面と透明感あふれる色彩により、「新古典主義」と呼ばれる画風の代表格となります。

寡黙で、どちらかというと内向的な人だったという小林古径。寂しがりやでロマンチストな一面もあったといいます。
古径の作品は、時に厳格で完璧すぎると評されることもありますが、その人柄のようにどこか観る人をほっとさせる温かさも感じられるような気がします。

 

 

 

 

 

 

 

 

この物語には続きがあります。

 

 

これは 二条の后のいとこの女御の御もとに仕うまつるやうにてゐたまへりけるを かたちのいとめでたくおはしければ 盗みて負ひていでたりけるを 御兄人(おんせうと)堀河の大臣(おとど) 太郎國経の大納言 まだ下臈(げらふ)にて内へまゐり給ふに いみじう泣く人あるをきゝつけて とゞめてとりかへし給うてけり 

それをかく鬼とはいふなり 

まだいと若うて 后のたゞにおはしましける時とや

伊勢物語 第六段

 

訳)
これは、二条の后が、いとこの女御のそばに、お仕えするという形で居られた時に、その姿があまりに美しいので、男が盗み出して、背負って連れ出したところ、兄の堀河の大臣と太郎國経の大納言が、まだ身分の低いものとして内裏に向かっている途中、たいそう泣く人のあるのを聞きつけ、車をとめて、泣いているのが妹と知って取り返しなさったのであった。
それをこのように、鬼の仕業といったのである。
二条の后がまだ大変若く、普通の身分であったときのこととかや。

 

これは尾形乾山の八橋図です。

西陣にダイレクトジャカートという機器が導入された頃、8000枚以上の紋紙が不要になり際限なく大きな紋を織るのが可能になり、全通で物語絵を制作いたしました。『伊勢物語』が第1作目でした。その時、タレ下の部分に遊び心でこの八橋図を織りました。佐賀錦だから「燕子花」の花の青以外は本金・プラチナ箔のみ。とても好評をいただきました。

ある時、お得意先様より妙な問い合わせがあり、小売店様が同じ経箔の無地の余り裂があれば頂けないでしょうかというもの。お渡ししてしばらくすると、また同じご依頼。幾度も幾度も繰り返すので理由を伺うと、タレした部分の裂で草履を作っていらっした。すごいアイディアだと感服しました。

 

 

 

コメントを残す

*