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Bowieの涙 〜 正伝寺

当主のひとりごと (BLOG) 2025.04.03

五山送り火・舟形のすぐ麓、山門を潜りしばらく直進して、先の石橋を渡る。

この川は千家さん前を流れていた小川(こかわ)の源流です。

 

中門を潜り山を上るとようやく庫裡(こり)が見えます。庫裡の左手が拝観入口。

正伝寺は吉祥山と号し、創建は鎌倉時代。狩野山楽の襖絵が目の前で見られる。

方丈の前庭は、白砂とサツキの刈込だけが並ぶ枯山水に遥かに比叡の霊峰を取り入れた借景式庭園で、刈込は右から左へ七・五・三と配列されていて「獅子の児渡し」と称される。

緩い階段とはいえ山に上って開けた別世界の絶景。

静寂の中、至福の時を与えてくれます。

昭和60年(1985)、京都市指定名勝とされた。

 

デヴィッド・ボウイ(David Bowie)が出演し1980年に放送された焼酎のCM。この寺での撮影はボウイの提案による。

撮影中、庭園を見つめながら、ボウイは涙を浮かべていたそうだ。外国のロックスターの心を震わせた禅の庭。彼の心の裡には、どんな思いが溢れていたのだろうか。

当時イギリスのカルトなロックスター・ボウイは、このCMに出演し大きな話題を呼ぶ。

これを見た映画監督の大島渚が「戦場のメリークリスマス」への起用を決めたとか。

1987年6月6日、デヴィッド・ボウイが、ベルリンの壁の西ベルリン側でコンサートを開催した。

第二次大戦後、分断国家となったドイツは、首都ベルリンも東西に分かれた。社会主義国である東ドイツの建国にともない東ベルリンが同国の首都となったのに対し、資本主義圏である西ベルリンは、東ドイツ領内に取り残された陸の孤島と化した。ベルリンの壁は、東西ベルリン間の住民の移動を遮断するため、1961年に東ドイツにより東西ベルリンの境界線上に築かれたものだ。

ベルリンでのコンサートで、ボウイは観衆にドイツ語で「今夜はみんなで幸せを祈ろう。壁の向こう側にいる友人たちのために」と呼びかけた。このとき会場に設置されたスピーカーのうち4分の1は、東ベルリンに向けられていた。壁の向こう側には、コンサート前から若者たちが集まり、その数は5000人にもふくれあがる。終演後も群集はなかなか立ち去らず、東ドイツ当局による逮捕者も出た。

コンサートを通じて西側の「自由」を知った人々は、その2年後、1989年11月にベルリンの壁を崩壊させることになる。

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